61 福岡県太宰府市

■太宰府市は、福岡県の東南約16kmに位置する九州でも最も歴史の香り高いまちです。
 古代においては中国文化の導入口として、また防衛、外交の要衝として、大和朝廷によって太宰府が設置されました。その起源は平城京よりも古く、以後、平安時代まで都督府として栄え「遠の朝廷」として呼ばれるほど盛んでした。そのような古都、太宰府は、足利尊氏にとってゆかりの深い土地といえます。
 1336年(建武3年)尊氏は鎌倉から京都に攻め上がり、敗れて九州に下った折りに、少武貞経はその子、頼尚と共に一門を率いて尊氏を赤間関に迎えました。尊氏は直義と共に、この地の無量寺に入りました。そして、陣を構え、少武、宗像、原田氏等がこれを助け、多々良浜の決戦へと向かいました。合戦に勝利した尊氏は、筑紫周辺を制し反抗の足がかりとしました。このように太宰府を起点として、尊氏は約1ヶ月間に九州をせっ巻し、その余勢をかって東上し、湊川の戦で歴史的な勝利を収めて、室町幕府の基礎を樹立したのです。そのほか、1349年(貞和5年)には足利直冬が尊氏に追われ、逃げてきたのも太宰府の地です。また、1370年(建徳1年)足利義満は九州探題を派遣し、太宰府を回復して足利将軍の力を示しました。このほか太宰府市には、菅原道真をまつった太宰府天満宮をはじめ、日本史の節目を彩る様々な分野での歴史や文化を今なお数多く残しながら未来に向けてのまちづくりを進めています。

地図検索用住所

福岡県太宰府市観世音寺1-1-1


原山本堂跡
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